【ビフォー・アフター】元シティサーファーの、宮崎・日向移住後のリアル。

愛知県庁に勤めていた三村隆之さんに学ぶ、サーフィン家族の日向ライフ。

サーフタウン日向のお倉ヶ浜サーフビーチの写真
サーフタウン日向を代表するサーフビーチ、お倉ヶ浜。

Text: Junji Uchida Photo: Courtesy of Takayuki Mimura, Hyuga City Government 

 

「自分の生き方を創りたい」

この思いは誰にだってあるはず。サーファー、とくに都会で暮らすサーファーは、毎日の暮らしに海のある生活を実現させたいと、一度は考えたことがあるだろう。家庭と職場、そして海。サードプレイスの海と、日々過ごす場所のバランスを、いまは週末と平日とで保っている。でもこれが、まさにスタバに立ち寄るように、1日のはじまりや仕事のあと潮水に浸かることができる生活。朝ランや夜ランの代わりにサーフィンができ、仕事でめげたときも、お酒ではなく海でさっぱりする。都会に住んでないとできないこともあるのは確か。でも、いつかはそんな生き方を創りたい。

 

いい意味で未完成。これからのサーフタウン、日向。

宮崎県日向市。温暖な気候に加え、豊潤な波があふれる海の町は、サーファーが住むのに適した場所のひとつだ。日向市は〈サーフタウン日向〉構想を掲げていて、昨年にはISA世界ジュニアを誘致。また、『サーフクラブ』もお世話になっている画家、ジョナス・クラエッソンが描く“ヒュー君”をキャラクターに、「ヒュー!日向」のコピーでサーファーを訴求。さらに、ぽっちゃりオタクのネットサーファーが日向コミュニティーで本物のサーファーに成長していくPR動画『Net Surfer becomes Real surfer』は再生回数91万回超え(2018年7月初旬現在)の大ヒット。サーファー以外の人にも日向の持つゆるやかな風土を全国に浸透させた。

日向市が掲げるサーフタウン構想の具体事例のイメージ。
日向市が掲げるサーフタウン構想の具体事例のイメージ。行政と市民が一体になって実現を目指している。
日向・ISA世界ジュニアでの日本チームのパレードの写真
昨年開催されたISA世界ジュニアでは波乗りジャパンも日向市内をパレード。Photo: ISA / REED
ヒュー!日向・ヒュー君ロゴ
動物をモチーフにサーフィンの楽しさを表現するジョナス・クラエッソンが描き起こしたキャラクター、ヒュー君のロゴ。

 

他のサーフタウンに比べると、日向はいい意味で未完成。今後、市が全力を挙げて改革を進めていくのだろうけど、現時点ではスローなカントリーライフを望むサーファーには理想の移住候補地と言える。

そんな日向市が6月の半ば過ぎ、東京で移住セミナーを開催。タイトルは、その名もズバリ、「海と暮らすサーフィン・ライフ」。“リラックス・サーフタウン”を標榜する自治体のワークショップとはどんな内容なのか。筆者もいずれは海に住みたい迷える東京暮らしゆえ参加してみた。

 

旅好きシティサーファー、三村さんが日向を選んだわけ。

日向移住セミナーのゲストスピーカー、三村さんの写真
自らの実体験を包み隠さずも話してくれたゲストスピーカーの三村さん。

セミナーの参加者はおよそ20名あまり。そのほとんどは20代後半〜40代とおぼしき世代。ひと目でサーファーなのがわかる方もいるが、やっていない人も多そうだ。

まずは日向市を代表して、総合政策部の中田宏さんがあいさつ。そして本日のメイン、ゲストスピーカーの日向移住者サーファー、三村隆之さんによるトークショーが始まった。

三村さんは36歳のサーファー。愛知県の出身で、かつてのプレイグラウンドは伊良湖だそう。15歳のときに進学率99%のハイスペックな高校に入学。が、なんと三村さんは残りの1%に該当するフリーターの道に。そして、そのとき付き合っていた彼女さんが放った、「進学校でフリーターとか、マジ恥ずかしいんですけど・・・」の言葉に一念発起。「じゃあ地元の市役所の試験を受けるわ」という流れで19歳のときに受験。しかし、あろうことかそれは県庁試験の会場。とんだ勘違いも甚だしいが、ナント結果は合格。地頭のいいお方であります。

サーフィンをはじめたのは20歳のとき。毎週末、伊良湖へと通う典型的なウイークエンドサーファーになった。その後、24歳のときに現在の奥様、弘子さんと出会う。当時の弘子さんは湘南鵠沼に住むボディボーダー。恋する2人はお互いの拠点でサーフするホームスタイルから、やがて全国の海に波を求めるトラベルスタイルに変わっていった。

日向に移住したサーファー三村隆之さんのサーフィン写真
さすがサーフィン歴16年、三村さんの腕前はご覧の通り。
宮崎・日向の移住サーファー、三村弘子さんの写真
サーフトリップ先でいい波に遭遇、果敢にドロップする三村さんの奥様、弘子さん。

 

「お前はサーファーなのか」。自らに問い、日向移住を決断。

その後、三村さんは25歳のときに海の近くに転居。ただ、海はすぐそばになったけど勤務先は同じだ。結果、通勤時間に1時間40分かけることが日常になった。そんな生活を送るなかで、宮崎にトリップに出かけた。そして、あまりの波の良さに感動。27歳のときに再訪した。

その旅のさなか、偶然サーファー仲間に出会い、こう言われた。

「奥さんが宮崎出身で、波もいいのに、なんで宮崎に住まないの?」

弘子さんは、宮崎県の最北山岳部にある日之影町の出身。日向からクルマでおよそ1時間の、美しい山岳と河川が生み出す大自然に囲まれた渓谷地だそう。

日之影町に佇む水車を備えた三村弘子さんのご実家の写真
日之影町に佇む三村弘子さんのご実家。美しい山林のなかで水車を備える純日本家屋だ。
日之影町の山林でしいたけ刈りをする三村美月ちゃんの写真
弘子さんのご実家近くでしいたけ刈りをする三村さんの愛娘、美月ちゃん。都会では体験できないことがいっぱいだ。
日向市に移住した三村さんの奥様の実家で頂いた山の幸の写真。
弘子さんのご実家におじゃますると、とれたてのみずみずしい山の幸をお土産にもらうそう。

「お前はサーファーなのか?」

なぜ宮崎に住まないのか仲間に問われた三村さんは、自分と向き合った。そして、旅を終え愛知に向かう帰路の途中で日向移住を決意する。

日向の雰囲気と波に完全に惹かれてしまいました。移住すると決めてからは仕事探しに奔走。ハローワークを探しまくっては応募して、募集していない企業にも電話をしまくって(笑)。土木関係や農家などで働き口を見つけている移住者は多い。けれど、事務職はなかなかないのが実情。宮崎市ならあるけど、日向から通うのでは意味が薄れてしまう。3年かかりました。日向にこだわり続け、30歳で実現。いまは病院で事務の仕事をしながら、日々家族と一緒にサーフィンをして、夕食も毎日みんなで囲んでいます。

サーフタウン日向のお倉ヶ浜サーフビーチの写真
日本でも有数のサーフビーチとして知られるお倉ヶ浜。全長4kmにわたる海岸線には大小さまざまな波が入るので、初心者から上級者まで楽しめる。
サーフタウン日向のお倉ヶ浜サーフビーチの朝日の写真
東向きのビーチのため朝日がまぶしい。この景色に対峙してから通勤へと向かう。
サーフタウン日向の金ヶ浜サーフビーチの写真
古くからサーフィンが盛んだったクラシカルポイントの金ヶ浜。南国の木々の緑と青い海のコントラストが美しい。
宮崎・日向のサーフポイント伊勢ヶ浜の写真
「日本の海水浴場88選」に選定されたコンパクトなサーフビーチ、伊勢ケ浜。荒涼とした岩肌に沿ってナイスウェイブがブレイク。

それまでのトラベルスタイルから、日向をホームにする生き方を実現した三村さんご夫妻。2人には10歳になる愛娘の美月ちゃんがいる。ショートボード歴16年の隆之さんと、ボディボード歴20数年の弘子さんのあいだに生まれた美月ちゃん。サーフィンやボディボードをするのは自然のなりゆきだ。でも、腕前はビギナーだそう。ま、日照時間が日本一という日向の太陽を浴びて、ひまわりのようにスクスクと育っているので無問題。弘子さんも持ち前の明るさでどんどん波乗り仲間を増やし、隆之さん以上に日向ライフをエンジョイしている。隆之さんは隆之さんで、日向に来てからマラソンをスタート。家族みんながどんどんたくましくなっているという。

お倉ヶ浜サーフビーチで弘子ママに押してもらい波をキャッチする三村美月ちゃんの写真
お倉ヶ浜サーフビーチで弘子ママに押してもらい波をストークする三村美月ちゃん。
長崎から日向に移住してきたかわいコちゃんサーファーと波待ちする三村弘子さんの写真
サーフィン仲間がどんどん増えたという弘子さん。こちらは長崎から移住してきたかわいコちゃん、マイコさん。
お倉ヶ浜サーフビーチの透き通る波に乗る三村弘子さんの写真
お倉ヶ浜の透き通る波を気持ちよさそうにクルーズする三村弘子さん。
日向の地元の方々に混じって田植え体験をする美月ちゃんの写真
美月ちゃんの元気の源は日々太陽に当たっているから。地元の方々に混じって田植え体験。
日向のボルダリング施設でワークアウトする美月ちゃんの写真
遊び場は大自然のみならず。ワークアウトできるボルダリング施設もある。
日向に来てからマラソンをはじめたという隆之さん
隆之さんは宮崎に来てからマラソンをはじめた。折れない心と胆力を磨く。

 

ビフォー&アフター、どっちが豊かな生活か?

さて、こちらをご覧いただきたい。三村さんの移住前・移住後の就業時間後のタイムライン比較だ。

三村さんの移住前と移住後のタイムライン比較
就業後はサーフィン。しかも、家族と一緒に。サーフファミリーには羨ましすぎる環境。

移住前の生活は、街に暮らす週末サーファーの多くが該当するパターン。定時に帰れるのは年に数度。通勤時間に読書やスマホ学習に充てるルールを決めていても、気がつけばSNSやゲームばかりという、ありがちなケースだ。

一方、移住後は、波のいい日は定時に上がり、家族と一緒にサーフィン。逆に悪ければ残業するが、それでも家族でディナーを囲むのは可能だそう。

では、収入はどうか。トークショーではリアルの数字を明かしてくれたが、さすがにここで公開するのは控えよう。ちなみに、移住前は過労死レベルの激務のおかげで残業代があり、年収は高め。移住後のほぼ2倍だったそう。それに対して支出はこちらだ。

三村さんの移住前と移住後の生活費支出比較の表
毎月の支出比較(ランニングコストのみ)。「携帯その他」は1/2。遊興費などを含むスマホコストがダウン、その分お金をかけずに海山川の大自然を漫遊する。

弘子さんとの共働きであれば貯金は可能。けれど、専業主婦だと厳しいというのが現実。が、隆之さんの昇進が決まったそうで、その分収支バランスは良くなる見込みだとか(おめでとうございます!)。

で、以下は三村さんがまとめた「どっちがいい?」比較表。

日向移住サーファー・移住前と移住後の比較まとめ
天秤にはかけられないけれど、大都市に暮らすサーファーが一度は体験してみたいことは確かだ。

ご近所付き合いが「濃すぎ」とあるが、不得意の人は距離を置く生活ももちろん可能。ただ、三村さん曰く、率先して輪に入ったほうが断然面白い。

日向の人は、見知らぬ人にも挨拶してくれるんですよ。都会だったら、たとえば夕方ごろに女子高生がいたとしら、怪しい男に思われないよう、必要以上に距離を取って過ぎ去ろうとするじゃないですか。でも、日向の子は元気に『こんにちは』と声をかけてくる。そういう文化なんですね。地元の寄り合いやお祭りなどのイベントで、一度会ったら旧知の知り合いのような間柄になれる。次のイベントに普通に駆り出されます(笑)。居酒屋でとなりのグループと合流し、焼酎を酌み交わすことなんてしょっちゅう。そういうスタイルは街では味わえない。移住者に対してオープンマインドなところも日向の魅力ですね。

 

セミナー参加者の心的障壁は、やはり現地での仕事確保

トークショーのあとには、三村さんを囲んでの座談会。質問には、やはり現地での雇用関係が多い。20代前半までなら体ひとつで「エイや!」と飛び込めるし、そうすべきだ。けれど、首都圏の会社勤めはそうはいかない。それゆえ、三村さんのリアルな就活裏話や、三村さんの知人の移住者たちの職業がテーマになった。

日向のサーフポイントの魅力を説明する三村さんの写真。
日向のサーフポイントの魅力を説明する三村さん。サーファーの参加者たちの目はキラキラ。

また、カフェを創業したいのだけど、どう思うかという議論もあった。ワーホリでオーストラリアに行った経験のある若い男性が、ビーチフロントによくある、老若男女問わずに集まれる店を開きたいという。

千葉の一宮や宮崎市、福岡の糸島などに、都会的でありながらもオーガニックな佇まいのカフェが増えているのは周知のとおり。徳島の海陽町にも、センスのいいサーファーたちのコミュニティが生まれている。もちろん日向市にだって、海の近くにセンスのいいカフェはある。ただ、いまのところ数も、開業したいという話も少ないそうだ。

ヒュー日向!のサイトに掲載されているカフェのトップページの写真
ヒュー!日向のウェブサイトに掲載されている素敵なカフェ(画像をクリックするとジャンプします)。

 

移住の視察を兼ねた日向トリップのススメ

意外やカフェの数が少ないという日向。ファーストペンギンではないにしても、たとえばセンスのいいカフェはもちろん、ゲストハウスやジェネラルストアをつくり、カッコいい大人サーファーとつながる場所にできれば可能性はあるかも。いまは地方に移住する時代ではなく、地方で起業する時代。地域の課題を解決しながら未来の社会をつくっていく、ソーシャルデザインに関わりたいサーファーには日向はいい場所。何せサーフタウン構想を掲げる町だ。

とはいえ起業ではなく、既存の企業で働くことが前提の人が大半のはず。が、三村さんの話からするとハードルは高そう。視察も兼ねて、この夏に日向に行ってみては。三村さんのように、自分の生き方を創りたいと思える場所になるかもしれない。

 

 日向移住のヒント
【宮崎ひなた暮らし UIJターンセンター】

宮崎県への移住・UIJターンにワンストップで対応できる情報発信・相談拠点。日向市はもちろん宮崎県への移住について、仕事や住まい、暮らしなどの相談が可能。筆者も以前、宮崎に旅したときに宮崎駅前の本部を訪問。素敵な女性相談員が親身になって対応してくれた。今回の移住セミナーも、同センターのメルマガで知ったことがきっかけ。宮崎市内に宮崎本部、東京・千代田区の交通会館8Fに東京支部がある。移住体験したい人向けの「日向版ワーキングホリデー」や、移住者向け市営住宅の支援についても相談できるので、興味がある人はぜひ。
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【日向ドラゴンアカデミー】

日向市にあるソーシャルビジネススクール。地域ビジネスを自ら生み出す手法を、講座とフィールドワークを通じて習得する学びと交流の場だ。地方創生に関わりたい一般の人向けの講座はもちろん、さすがサーフタウン日向、こんなワークショップもある。

  • サーフィン合宿&チームビルディング
  • 事例研究「パタゴニアの取り組み」

自分のビジネスアイデアを海のある場所で実現したい、起業家志向のサーファーは、日向に移住すれば、サーフィンのある生活とスタートアップビジネスの両方を手に入れられるかも。
*今年度は参加者募集をすでに締切っています。
◉日向ドラゴンアカデミーのウェブサイトはこちら