地の果てで遭遇した奇跡の光景〈北極光-前編〉

LIFE WORK 「サーファーの知らない地球を歩く生き方」

THE NORTHERN LIGHTS
北極光-アイスランドへの冒険

北極圏の南に広がるパノラマの中で波とシンクロするLA出身の元CTツアラー、ティミー・レイズ。人工知能が人類を制覇する近未来、シンギュラリティへの危惧など無用の世界

地球とサーフィンが対峙する瞬間を切り取ることに人生をかけるクリス・バーカード。20代前半の若さにしてアメリカ『サーファーマガジン』のシニアフォトグラファーとして活動しつつ、並行して『カリフォルニア・サーフ・プロジェクト』など洗練された写真集を発刊。南国の理想郷とは対極の、氷結のパダライスを切り取るオリジナルの世界観が評価され、2015年、著名な有識者が講演するカンファレンスTED Talksにおいて「凍て付く海でサーフィンする喜び」をテーマに登壇した。そんなクリスが監督として指揮を執る近作フィルム『Under an Arctic Sky(北極の空の下で)』の全米ツアーが現在展開中。そのストーリーを雑誌版『サーフクラブ』でも特集記事として掲載しているが、今回特別にウェブ版でもフィーチャー。しかも、雑誌版は誌面の関係で原稿を割愛したが、ここでは前編・後編の二部構成でフルストーリーをお届けしよう。
Photo: Chris Burkard/Massif Text: Benjamin Weiland

ロングにするか、それともフィッシュで臨もうか。見果てぬ波を妄想しながらエクイップメントを確かめるジャスティン・クィンタル

北大西洋の冬は無慈悲だ。昔、アイスランドの沖合で漁船がコテンパンにのされて海の藻屑となったことがある。 5人の漁師は泳いで陸地にたどり着こうと船から飛び降りたが、冷水に体が耐え切れず、海岸から5マイルのところで1人、また1人と帰らぬ人になっていった。最後の1人はストロークのたびに、これが最後のひと漕ぎになるだろうと思いながらも腕を回し続けた。 結果、6時間の死闘の末に砂浜にたどり着いた。 太陽が沈む頃、足をもつらせながら遠くに広がる農場の白い光を発見。彼は救助され医師の検査を受けたが、アイスランドでの治療が厳しいと判断されてロンドンに飛んだ。 検査の結果、彼を凍てる墓場に葬るのを遮ったのは、異常な内科疾患が原因だとわかった。 肌の下の脂肪の薄い層が、アザラシの脂身のように臓器を冷温から守ったのだ。
地元のサーファー、エリ・ソアー・マグナッセンが、アイスランドの首都レイキャビクのカフェで暖炉を囲み、漁師の話を語り続ける。 もう午前9時だというのにまだ外は暗い。 街は雪で塞がれ、駐車した車も埋もれている。アイスランドでは冬は歓迎されないが、この地方でいちばん波が生き生きする季節だ。 ローカルサーファーたちは国の最も離れた場所にある、山と氷で隠された宝石に目を向けている。アクセス手段はボートだけ。 ほとんどのサーファーが何としてでも行きたいと願うストップではないが、アイスランドの小さなサーフコミュニティは、そこで波をスコアすることに思いを馳せる。

コーヒーショップに、アイスランダーの思いを共有すべくサーファーが集まった。サム・ハマー、ジャスティン・クィンタル、写真家のクリス・バーカード。私はやや遅れて、レイキャビクから始まる旅の起点となる港で合流した。ティミー・レイズもハワイから来る予定だが、最果てのアイスランドで無事に会うことができるのか、誰にも確信はない。
マグナッセンはノートPCで最新の天気予報を調べている。 ホワイトアウトがこちらに迫りつつあるため、通常は4時間で行ける港への道のりが8時間かかるという。苦難が待ち受ける中を、私たちは本当にボートに乗り込むのだろうか? しかし、アイスランダーたちは微塵も気にしていない。その理由がなぜか、知る由もない。
アイスランドのサーファーは一様に背が高く筋肉質で、髪は長いブロンド。現代のバイキングとは違って角兜をかぶり、着衣の一部には生皮も見える。彼らは私にたとえボートが沈んでも、必死に生きようと泳ぎ続ければ陸地に戻れると話す。 比較的平穏なグループに属する私に、その自信はない。 私の知る限り、我が外国人クルーに内臓脂肪のあるものはいない。
我々に嵐に備える時間はない。 カフェの外では1フィートほどの雪がすでに車を覆っている。クィンタルとハマーが手袋を外して白いディフェンダーの屋根にボードを積む込み、バーカードと私が窓とヘッドライトの氷を掻き取る。 すでにアイスランドのサーファーたちは2本の板をバランス良く積み終えている。その間わずか数分。街を暗闇に包まれる前に抜けたい。手際が悪く、待たせてしまっているが、その思いは一緒だ。
高所から見たら、我々のキャラバンは黒い洞窟をゆっくりと移動する3つのドットに見えるだろう。ヘッドライトが積雪で上昇している地面にぶつかった。まるで白い蛇が横切るように雪が走っている。ルーフの上のクィンタルのロングボードが横向きになるほどの突風が襲う。窓を開けることなど許されず、私は窓に顔を押し当ててガラス越しに見上げた。しかし、ボードストラップを締め上げる場所はなく、アクセルを踏み込むしかない。
この時期は日照時間が極めて短い。 夜が明けてから3時間を少し超えると、空は柔らかな光で満たされ、やがて暗闇へと還っていく。 夜間走行では、北極圏の突端特有の冬の地球活動に直面する。顕微鏡で覗き込んだときに広がる小世界のようだ。途中、雪の中に巣作りする家屋が見えた。外界とは一切触れることのない生活だろう。蝋燭の火が灯す明かりが、そこで暮らす主の人生を暗示していた。また、道路脇でトラックの点滅灯を点けたまま立ち往生している2人組にも遭遇した。轍から脱輪し、渓谷への急勾配に突っ込んだようで、オレンジ色のジャケットを着た人物が空っぽの荷台に頭を打ち付けていた。後にも先にも、人影を目にしたのはこれだけだ。残りのドライブは世界全体が冬眠する暗闇のなかを、ひたすら走るだけだった。

朝の輝きが空に染み始めると、まわりの景色が次元と色を取り戻す。 我々はフィヨルドの縁を曲がっていた。そびえ立つ山々が嵐のなかで避難所の役割を担っている。眼下では、エネルギーに満ちたうねりが棚にぶつかり、雪のバンクに沿ってさざなみを立てている。
道路脇に小さなSUVが駐車しているのが見えた。ドライバーはガードレールに乗り、波のようすを伺っている。
誰かが叫んだ:「ティミー!」
レイズが振り返る。我々の目が寝不足でぼんやりしているのを見て、自分がどこのタイムゾーンにいるのか困惑したと思う。彼はこの地で見た初めてのセットの波に高揚している。
「4本のワイドオープンなチューブが、フィヨルドのへさきの海洋プレートに沿って割れていたよ。まるでケオスへ溶け込んで行くようだった」
誰もが叫び、笑って、お互いの肩を揺さぶった。ハマーは禅モードに入り集中しながらボードバッグから板を取り出し、規則正しくワックスを塗り終えるとフィンをセット。膝まで埋まる雪深いなかを海岸に向かった。そのあとをアイスランド初にして唯一のプロサーファー、へイア・ロイ・エリエッソンが続く。我々は凍った水でサーフィンする彼のアプローチに驚いていた。彼は我らビジターの誰のものよりも古く、しかも自作のため裂け目のあるウェットスーツで寒さに陶酔しているようだった。

アイスランダーの共通点は冷水マゾヒストであること。コミュニティの一員ヘイハ・ロイ・エリエッソンも、冷凍庫の中だというのに、水を得た魚のごとく意気揚々とパドルアウトしていく

アイスランド・サーファーの共通点、それはシビアな状況を物ともしないところだ。インゴ・オルセンにとって、冷水は何ら影響しない。彼のウェットスーツは友人のものより薄く、しかも極寒きわまる日ですらフードをかぶらない。インゴの皮下には伝説の漁師同様、内蔵脂肪があるのかもしれない。
レイズ、クィンタル、ハマー、ロイ・エリエッソンらはピークでセットを捕えると、そこが1本で2度チューブに入れるダブルバレルのポイントであることを知った。レイズはチューブの奥深くにスタンドアップしたままステイし、スピットとともに飛び出してくる。波質は重厚で、セッションが終わるまでに3本のボードが波打ち際に流された。
アイスランドのサーファーにとって、ボードが壊れることは致命的だ。国内にシェイパーはおらず、輸入税が重くのしかかってくるので、ビジターが持ってくるボードに期待を寄せる。
「キミたちは友人がボードを壊しても貸してあげないのか」と、マグナッセンはいたずらな笑顔で説明する。「キミたちが壊したときだって、次にいつ手にできるかわからない。数ヶ月かかることだってある」
午後2時30分。日が沈みだし夜に近づくにつれて、波はより規則正しく割れ、一層ホローになった。セットが暗闇に消えたら、残りのボードを集めて港へと向かう。

レールをセットしながら巻き上げてくるうねりに集中するティミー・レイズ。あとはタイミングを合わせて調整するだけ。その先で待ち受けているのは、延々と続く無音の空間

オーロラ・アーキティカ号は潮の合間を揺れながら、港に向けて進んでいく。雪枕がデッキを覆い、氷柱が両側から垂れ下がっている。闇の中でボードと寝袋、バックパックを手すりに沿って手渡していく。
ウールのセーターと赤い帽子という出で立ちのシギ・ジョンソンは、きちんと髭が剃られた船長然とした威厳を放っている。ジョンソン探検隊は、移動式のベースキャンプとしてアーキティカ号を利用し、ノルウェーのヤンマイエン島およびグリーンランドのイトコルトルミットまで連れて行った。だが今日、彼はアイスランドで最も孤立する海岸へと導いてくれる。そこは山々が海に沈み、北極から突然暴風が吹き荒れる。
「その場所はバランスが重要で、慎重になる必要がある」とジョンソン船長。「サーファーが望むようなコンディションときは、通常は行くことを避けている。あっという間に嵐が発生する、危険と隣り合わせの場所なんだ」
我々が安全を担保された港を出た途端、ボートはうねりの管理下になる。デッキの下では乗組員たちがテーブルを囲み、海にまつわる話をテーマに談笑している。北極クマの襲撃やシャチに対する自警ハンター、孤独な北極基地など、アイスランド特有の話ばかりだ。時が経つにつれて、天井のランタンの揺れが大きくなり、その明かりが映す影のダンスも大きくなった。私は少し気分が悪くなったのでドラマミンを飲み込んで、外の空気を吸いにハッチを登った。
キャビンでの笑い声や、山頂の間でこだまする波の音を除けば、メインデッキは静寂に包まれて心地いい。夜空は素晴らしく澄んでいて、宇宙は手で触れられそうなほど近い。穏やかな水面は鏡のようで、星空をミラーリングしている。まるで帆船が宇宙を漂っているかのようだ。

25年振りの大嵐がもたらすスウェルを予測し計画を詰める。ジョンソン船長は気が気でないが、クルーたちは皆、未だ誰にもライドされたことのないバージンウェイブに思いを馳せる

朝になると、乗組員はデッキに集まる。ジョンソン船長がラジオをつけて、天気予報にチューンを合わせた。ところが受信した途端に眉間にしわを寄せ、嵐の接近について説明し始めた。
「今度の嵐はデカいぞ。サーフィンなんてしてる場合じゃない。あまりに危険すぎる。ダメだ、引き返えそう」
予報に従うべきなのは理解できるが、何事も聞き入れずに引き返そうとする船長の責任感が、アイスランドでの波の探求の障壁になっている。寒冷地でのサーフィンに魅了された冒険家や、ローカルの冷水マゾヒストたちは、船長の鋼の決心により道が閉ざされてしまう。1年のうちで条件が揃うのはわずかな期間だけだ。島全体が雪と氷の迷路のごとく凍結し、吹雪は警告もないまま吹き荒れ、雪崩により高速道路が荒廃し、暗闇で国が消耗している真冬のさなかにこそ期待が高まる。
地元のサーファーたちは挑むことに慣れている。彼らは1年中サーフィンがしたいだけ。だから乗船料を払う。それだけだ。彼らのサーフコミュニティは、アイスランドの気まぐれがもたらす次なる氷のバレルに人生も仕事も懸けて、ギザギザに入り組むフィヨルドや広大な黒砂のビーチを探索し続ける、小さいが結束の固いグループだ。
ロマンチックなように聞こえるが、実際には膨大な時間をかけて島の片側から別の島へと横断し、絶え間なく変わり続ける風を追いかけ、何時間ものあいだ襲われ続ける嵐の一歩前を歩いている。時折スコアできる波だけが唯一の希望だが、そのほとんどは徒労に終わる。やっとの思いで長旅を終えては苦い薬を味わうことの繰り返しだ。

我々のボートから十分に近い場所で、弱々しくも乗れそうなポイントブレイクが見える。だが、水平線の上には黒い嵐雲が一面に広がっている。オルセンが双眼鏡でポイントを確認している。我々外国人クルーは目の前の波にありつけないことは苦痛だが、アイスランダーにとってはいつものこと。彼らはタイミングの悪いときに無理やりセッションすると、どういう結末になるかを知っている。天気の急変速度と格闘しつつ、帆を大きく波打たせながら港を目指し、海を横断することになる。港の入口ではタグボートの出動を要する。埠頭へつながる航路を抜けるには、氷の合間を縫って進むことになるからだ。山小屋へ帰る途中、小さなレストランに寄った。マグナッセンが明後日の天気予報を見ようとノートPCを開く。すると、アイスランダーたちの瞳がいっせいに輝いた。
「色が変わってる!」マグナッセンが叫んだ。画面でループするアニメーションが、嵐の到来を示している。「大嵐の予想規模が、さらにデカくなった」。「いままで人生で、こんなのは見たことがない」とオルセンが答えた。「こりゃ、どこもかしこもブレイクするぜ」

後編はこちら