いまなお進化を続ける、日本のシンボルの新たな意欲。
TOWARD 2020 #2 大野修聖インタビュー
Text: Junji Uchida Portrait: Shuji Izumo
自分のなかで燃えていたものがなくなった時期が数年あった。
けれど、コンペティション、ハイパフォーマンスのサーフィンが、
やっぱり好きなんだと思う。モチベーションはかなり上がっている。
「今しかできない」と、自分からやりたい気持ちになっている。
日本初のCTクオリファイを目指し、長きにわたって世界で戦ってきた大野修聖。“マー”の愛称で知られるミスター・コンペティションは、ここ数年、競技に向かう温度がスローダウンした感がある。37歳。今年CTツアーを引退したミック・ファニングと同い年だ。昨年はサーフィンを愛するさまざまな分野のプロフェッショナルと、子供から大人までがボードデザインを問わず、ボーダレスにエンジョイできるイベント〈ファンダメンタル〉を主宰。波乗りジャパンのシンボルである一方、サーフィンの楽しさや自然とつながる喜びを伝播する活動にも力を入れている。
また、表現の場を音楽の世界にも広げ、6月6日に発売になった海の似合う女性シンガーソングライター、リサ・ハリムのニューアルバム『by the Sea』でも歌声を披露。洋楽・邦楽のヒット作をカバーするトラックリストのなかに、筆者も愛して止まないエリック・クラプトンの名曲『Wonderful Tonight』の歌い手として参加している。
そんなマーの姿が、今年の春に鴨川で開催された強化指定選手の合宿にあった。
「合宿に参加するのは今回が初めて。とくに連盟側からリクエストがあったわけではなく、自分の意思で来ました。ヒート形式の実戦トレーニングで、波もよかったから出たいなという気持ちはありました。だけど、今回は選手としてではなく、一歩引いた目線でコンペティションを見たかったから、敢えて出場しなかった。すごくよかったです。いままでは大会に行くことはイコール、大会に出ること。外側から違う視点で見る機会はほとんどなかったから」
合宿には、マーが120%のパワーで世界を回っていた時期のワールドツアー・ジャッジ、ウェイド・シャープも、JOCトップアスリートコーチとして参加。評価側の論点で指導できるウェイドの存在は大きいという。
「彼の知識や視点、見方というのは選手と違うから、『そうだよな』って思うところがすごくありました。ただ普通にコーチすることに加えて、ジャッジが何を求めているのかを学ぶことができる。そういう指導者であることを彼自身も理解していて、教えるべきこともわかっている。現場でいざ向かっていくための用意のうえで、すごく重要なんじゃないかなと思います」
これまで著名なコーチからパーソナルトレーニングを受けてきた。そのなかにはミック・ファニングを指導してきたフィル・マクナマラもいる。が、マーはメンタルコーチの重要性を提唱する。
「フィルとはオーストラリアにいた6年間以上のあいだ、ずっとやっていました。ビデオを撮って、それに付随するトレーニングとかもあったけど、基本はサーフコーチ。撮影した映像をミックと比べて、とか。ミックのどれと比べてヒートトレーニングをするかという、サーフコーチという位置づけ。アメリカではイアン・カーンズやクリス・ギャラガーとかに見てもらっていました。でも、やっぱりそれもサーフコーチなんです。上手い人とやるから即効性はありますが。
でも、このあいだもコロへ(アンディーノ)と、ほとんどの選手にメンタルコーチが付いているよねって話をしました。まず、メンタルが何なのかということからはじまり、その後サイコロジー:スポーツ心理学に入っていく、とか。『みんなやっているよね』って。
自分もハワイにいたときに、いろいろ教えてもらった人がいました。そういうことを、もっともっと取り入れていくべきだと思う。アメリカやオーストラリアは、そういうところがすごく進んでいると感じます」
スポーツ心理学とは何か。スイス・スポーツ・サイコロジー協会の副会長クリスティーナ・バルダサール・アケルマン氏に取材をしたライター、八木美恵子さんのウェブサイト〈Blog From Zurich〉にこうある。
1984年に国際オリンピックチームがスポーツ・サイコロジストを迎え入れたことに始まり、今では、あらゆるプロフェッショナルなスポーツ・チームでは、専任の心理学者であるスポーツ・サイコロジストがメンタル面をサポート。それが、世界の常識となっている。
スポーツ・サイコロジストの仕事とは何か。
ちょっと勘違いしそうだが、スポーツのテクニックが心理学によってアップするということではない。そして、「根性」とか「やる気」といった分かりやすいが化石化している精神論とは、全くの対極にあるということを、まずイメージしていただきたい。生活環境、性格、人間関係、ストレスの種類、不安とその立ち向かい方。アスリートがかかえる様々に個人的なディメンションの問題を分析して、さらなる可能性を引き出すために問題を解決していこうとする、心理学の新しいフィールド。大きなコンペティションでも、自信を持ち、冷静に自己コントロールできるように、サポートしていく。
継続的に、アスリートのプライバシーと深く関わる仕事であるため、信頼関係の上に成立するパートナーシップがキーとなる。
このあいだもコロへと、ほとんどの選手にメンタルコーチが付いているよねって話をした。
海外の選手は、みんな当たり前のようにやっている。
自分は人生観まで変わった。日本にもメンタルコーチングがあったらいいなと思う。
マーはメンタルコーチングを受けることで何が変わったのか。
「人生観が変わりました。コンペティションを通して自分を知っていくというか。いろんなシチュエーションになったときに、自分にはこんな一面があるんだ、こんな側面もあるんだという発見がある。コンペティションが面白くなりました。
それはコンペティションだけでなく、サーフィンを通して自分と向かい合うことにも当てはまる気がしていて。海外の選手は、みんな当たり前のようにやっている。日本にもあったらいいなと思いますね」
そんなマーのコンペティションへの意欲が再燃。合宿で波乗りジャパンたちのサーフィンを見ているうちに、モチベーションが一層高まったそうだ。
「刺激がありましたね。そのヒートに入っている体(てい)で、『自分だったらこうするかな、ああするかな』と置き換えて見ていたから、すごく面白かった。
最近、またコンペティションが楽しくなってきているんです。ハイパフォーマンス・サーフィンにすごく興味が戻ってきている。だから今回、この合宿に来たのかなとも思うし。そしてヒートトレーニングを見て、余計燃えちゃいました(笑)」
(上)ISAのフェルナンド・アギーレ会長とともに2020年東京オリンピックへのサーフィン種目化をプレゼン。それ以外にも様々な重責を果たしてきた。
「自分のなかで燃えていたものがなくなった時期が数年あったんです。が、再び。モチベーション、かなり上がっています。やっぱりコンペティション、ハイパフォーマンスのサーフィンが好きなんでしょうね。『今しかできないしな』と、無理矢理ではなく自分からやりたい気持ちになっているので」
波乗りジャパンのみんなにとっての
スパーリングパートナーとして関わっていきたい。
オーストラリアやハワイ、カリフォルニアに拠点を置いての選手生活からの学び。世界からも評価の高いパイプラインでのスキルアップ法。さらにはケリー・スレーターらトップアスリートと交流するなかで得た知見。そうした経験を次世代が早期にインプットすれば、彼らの成長は一気に早まる。
「まだ自分もコンペティションに出て、切磋琢磨していきたい。だからいまは監督兼選手として、波乗りジャパンのみんなにとってのスパーリングパートナーとして関わっていければいいなと思っています。ヘッドコーチにウェイドがいて、日本語を話せない彼の架け橋を担う。さらに選手のスパーリングパートナーを担えたらいいなと思います。
自分のキャリアにとってもいいタイミング。上手い選手が出てきて、世界でも通じるサーファーがいるなかで、自分の経験と彼らの勢い、サーフィンと意識というものがうまくコラボレーションできるんじゃないかと考えています」
【プロフィール】
おおのまさとし●1981年2月16日生まれ。静岡県下田市出身。両親ともにサーファーという環境の下、8歳からサーフィンを双子の兄、ノリこと仙雅とともにはじめる。その後NSAからJPSAへとキャリアアップ。2004年、2005年と2年連続でグランドチャンピオンに輝く。2006年からはオーストラリアなど海外に拠点を移し、WCTツアーにクォリファイすべく活動。2009年ポルトガルでのWQS6スターで準優勝を果たすなど、自ら持つ日本人記録を次々塗り替えた。そして2013年、JPSAにカムバック。6戦中5戦を優勝、残る1戦も準優勝という前人未到の記録で3度目の頂点を極めた。また、波乗りジャパンのシンボルライダーとして東京オリンピックの招致活動に貢献。ISAが新たに設立した選手側の立場から運営サイドと協議するアスリート委員会のメンバーにも選ばれている。
シリーズ「TOWARD 2020・躍動するニッポン」の第1回はJOCトップアスリートコーチのウェイド・シャープ氏に〈波乗りジャパン〉の強みと弱みを聞いています。併せてご覧ください。