【東京五輪】連載:躍動するニッポン力。

TOWARD 2020 #1

ウェイド・シャープ・インタビュー

 ナショナルコーチが語る、波乗りジャパンの強みと弱み。

波の崩れ方に応じていかに評価軸に沿ったアプローチをするか。シャープ氏はつねに波のブレイクを気にかけている。

サーフィンがオリンピックの競技になったことを受けて、一気にヒートアップしているコンペティティブ・サーフィンの世界。ホスト国の日本チームも波乗りジャパンと銘打ち、歴史的機会に向けて邁進している。その取り組みをさまざまな角度から取り上げていく新シリーズ“TOWARD 2020・躍動するニッポン力”。第1回はウェイド・シャープ氏に、波乗りジャパンの強みと弱みを訊いた。

シャープ氏は南アフリカ・ダーバンの出身。WSLの前身、ASPでのプロ活動を終えたあとコーチに転身した。その後、カリフォルニアへ渡りジャッジになり、世界トップクラスのサーフィンを評点してきたという。やがてコスタリカのナショナルコーチに就任し、3つの金メダルと1つ銀を手にするチームに貢献。そんなシャープ氏はいま、JOCトップアスリートコーチというポジションで波乗りジャパンに関わっている。

取材は3月の半ば、千葉・鴨川で実施された強化指定選手・国内強化合宿のときに敢行。残り2年数ヶ月に迫った東京五輪に向けてサーフィン日本代表を目指す精鋭たちは自分を磨き、スタッフたちは波乗りジャパンのチーム力アップのために尽力していた。彼の目に、日本のサーフィン力はどう映っているのだろう。

 

 Interview and Text: Junji Uchida

 
強化合宿についての感想を聞かせてください。

昨年に引き続き2度目。素晴らしいことです。アスリートたちもひとつになっています。今年も去年同様、波がいいので、彼らが1年でどれだけ成長できているかが明確になりますね。

鴨川の東条海岸、通称マルキポイントがヒートトレーニングの会場。設営規模はプロコンテスト並みだ。Photo: Shuji Izumo
形良く割れる岩場寄りのグーフィー。昨年に続きメインのトレーニング場になった。森友二。Photo: Shuji Izumo
会場の隣、亀田病院寄りのレギュラーも良好。ヒート外の選手によるフリーセッションも加熱状態。大原洋人。Photo: Shuji Izumo

 

【強み】ホスト国の優位性

去年の宮崎でのISA世界ジュニアにも同行していましたよね?

そうです。彼らは2つの金メダルと2つの銅メダルを獲得してくれました。好成績の理由はアスリートとスタッフがひとつになり、チームとしての力が発揮できたことが大きい。さらに、日本での開催だった分、多少の地元アドバンテージもあったでしょう。自国ですから知識もあるし、居心地も良好。そうしたファクトが揃ったことが要因です。

宮崎でのISA世界ジュニアで金メダルを獲得したアロハカップチームをねぎらうシャープ氏。Photo: ISA / Sean Evans
2017年ISA世界ジュニア・波乗りジャパン成績●金メダル:U16部門の安室丈および団体チーム戦“アロハカップ”。銅メダル:U16部門の上山キアヌ久里朱および国別総合で日本3位。Photo: ISA / Sean Evans

 

2020年は日本がホスト国。有利ですか?

もちろんです。史上初のオリンピック競技で、しかも日本での開催。あと2年ありますから、波乗りジャパンすべてのアスリートが開催地:千葉県釣ヶ崎海岸(通称・志田下)について深く分析し、そこでトレーニングすることで勝機を向上させることが可能。すごく有利なことです。

 

他国チームに関する情報は入っていますか?

すべての運営組織が、まさにいま準備し始めている段階でしょう。今年はオリンピック種目として決まった2016年以降で、初めて丸々1年動ける年。2017年は準備の前段階でした。2018年になり、フランスチームは政府からこれまで以上の支援を受けていて、地元の選手たちも興味を深めています。また、報道にもあったように、オーストラリアはCTのトップ選手陣でチーム力を強化。こうした動きにサーフィンの主要国が次々に追随していきます。われわれ日本チームも、次の2年に向けてセットアップしていく状況です。

6月18日〜23日にかけて〈サーフランチ〉でのトレーニングを実施するオージーチーム。ジュリアン・ウィルソンやタイラー・ライトなどのCTエリートの強豪軍団。エイドリアン・バッカンもメンバーのひとり。Photo: WSL / Steve Sherman

 

 【強み】カノア五十嵐の日本国籍参戦

ウェイドさんは現在カリフォルニアのハンティントンに住んでいて、カノア五十嵐のコーチもしていました。カノアが日本代表として活動することについてどう思いますか?

彼の両親は伝統的な日本人で、祖父もこの日本に在住しています。カノア本人はアメリカ生まれですが、ルーツのある国から出られるのだから幸せでしょう。アスリートとしてもいいことだし、彼のキャリアにも賢明な選択です。そしてまた、日本にとってもいいこと。(現役CT選手という)彼レベルのサーファーを手にしたのですから。カノアが来ることによって、他の日本人アスリートにいろんなことが波及していく。コーチという視点では、すべての人にとってWIN-WINの状況。とてもポジティブなことです。

 

ジョーディ・スミスのパーソナルコーチもしていたんですよね。

はい。私はプロサーファーとしてのコンペティション活動を終えて、1995年から2000年にかけて(南ア出身の元CTサーファーの)トラビス・ロギーの個人コーチをしていました。彼はISA世界チャンピオンでした。また、やはりISA世界チャンプのワーリック・ライトも指導しました。

南アフリカのサーフスター、ジョーディ・スミス。ダーバンとハンティントンで指導した誇り高き教え子。Photo: Redbull / Craig Kolesky

ジョーディを最初に指導したのは、彼が9歳から12歳にかけての時期。並行して南アフリカチームのナショナルコーチもしていました。その後、2002年から2012年までの10年間をWSLの前身、ASPで世界を回るプロの国際ジャッジとして活動しました。ヘッドジャッジを務めていたASP北アメリカ地域を代表する格好で。在任中、2006年にハンティントン・ビーチでISA世界選手権があり、それに向けてジョーディの個人コーチを再開しました。彼は南アフリカのサーフアスリートのトップ。結果、ハンティントンで優勝を遂げました。

ザ・サーフ・シティに暮らすシャープ氏はカノア五十嵐のコーチ経験もある。Photo: Redbull / Marv Watson
CTツアラー時代のティム・レイズにもパーソナルコーチングをしていたという。Photo: WSL / Ed Sloan

2012年にジャッジを辞め、コーチとしての活動に再び本腰を入れていきました。拠点はダーバンではなくハンティントンです。カノアやティミー・レイズという、ハンティントンでも上位のアスリートをコーチングした後、コスタリカのナショナルチームからコーチの依頼があり受任。コスタリカに4〜5年間移住し指導した結果、2015年のISA世界選手権で国別総合優勝。3つの金メダルと1つの銀メダルを獲得できました。

 

コーチングスタイルを教えてください。

10年間のプロのジャッジ・キャリアで培ってきた知見がベース。なぜこのライディングに点が付かないのか、この選手と他の選手が同じアプローチをしてもなぜ差が出るのか。そうしたアーカイブが私の脳内に蓄積されています。ビデオ撮影や、その映像に基づく分析によるフィードバックも価値のあるコーチングにつながることは確かです。しかし、私はそういう方法を取っていません。私の場合、他にビデオ撮影班がいるケースが多いですし、撮影に気が行ってしまうとフレーム内しか見ることができず、全体像がつかめなくなってしまいます。

個々のライディングを見据えて評点し、ジャッジ目線で加点・減点理由を講評して選手を伸ばす。Photo: ISA / Sean Evans

そうして10年間やってきましたし、南アフリカ、カリフォルニアのハンティントン、コスタリカで成果を残せていることが、コーチとして貢献できている指標になると思っています。コーチ、マネージャー、ビデオ撮影などを1人で何役もこなすのではなく、サーフコーチという任務に100%コミットし、集中することが私のコーチングスタイルといえます。

 

 【弱み】戦略テクニックとメンタル・タフネス

2020年に向けての、波乗りジャパンの戦略を教えてください。

すべてが戦略といえます。つい先日、2020年のゴールへの出発=2018年のQSシーズンがオーストラリアで始まったばかり。演技力自体のレベルを上げることも不可欠ですが、戦略技術の向上とメンタル面の強化が、波乗りジャパンがサーフィン先進国に比べて足りていない点。フィジカル面は、とても強いのですが。

温和な人柄でコミュニケートしやすいタイプ。日本語はほぼ話せないが、選手との距離も近くなってきているという。

私がヘッドジャッジを務めてきたASP北アメリカ地区はプライムイベントも多く、世界中から強豪たちがやってきます。オーストラリアやアメリカ、ブラジル選手の戦いぶりは、経験が抱負なこともあって、メンタルが強靭。競技もエクストリームレベルです。波乗りジャパンも残りの2年間で、もっと国際舞台で経験を積んでいけば、メンタルの強さを信じられるようになっていきます。

戦略技術とメンタル・タフネスの修得。われわれはそれらをともに向上することができます。最終的には金メダルを取れる、いいチャンスを得られるスタンスに立っています。

 

 【強み】国際トレーニングセンターの近代施設

南アフリカとコスタリカのコーチもされていました。彼らにもメンタル・トレーニングをしていたのですか?
2015年ISA世界選手権コスタリカ成績●金メダル:国別総合、団体チーム戦“アロハカップ”および男子部門のモエ・マー・マクゴナグル。銀メダル:女子部門のレイラニ・マクゴナグル。Photo: ISA / Nelly

両チームとも、メンタルの強化よりフィジカル面が課題という次元でした。肉体的トレーニングと、あとはサーフィンテクニック。メンタルは別の人間を立てて教えていました。私はサーフコーチで、メンタルコーチでも心理学者でもありませんから。

波乗りジャパンには、JOC(日本オリンピック委員会)の国際トレーニングセンターが、なにかしらプログラムを組むはずです。世界各国の委員会は自国のアスリートにそうしたサポートをしています。国際トレーニングセンターはとても高度な専門施設。波乗りジャパンの強化選手たちがその施設を使い始めることは、アスリートに昇華するためのいい機会になります。どんなカテゴリーのスポーツでも、それがアスリート基準のメンタルにするカギ。私はそう思っています。フィジカルは優れている。が、メンタルはまた別物。JOCの国際トレーニングセンターがメンタル分析を精査するプロのドクターになるでしょう。

どのように準備段階へと気持ちを作り上げていき、どう振る舞うべきか。私自身もセミナーへいくことが楽しみです。われわれスタッフやアスリートにとって、世界との差の縮め方を知る有意義な機会になると思います。昨年3日間、その施設のコーチングセミナーを受講しました。素晴らしかった。最新設備が揃う素晴らしい施設でした。施設だけでなく、分析する専門家や技術者たちも。これまでも他国の同様の施設にいきました。が、日本が最高だと思いました。アスリートたちも、これだけすごい施設でトレーニングできることを誇りに思うでしょう。サーフィンをスポーツに変えるには、こうしたことがとても重要です。

 

オーストラリアにあるHPC〈サーフィン・オーストラリア・ハイ・パフォーマンス・センター〉と比較して、いかがですか?

HPCはハーレーが主導し、オーストラリア政府とともにプロサーファー育成のために運営している施設です。もちろんそれも素晴らしいですし、いいプログラムを導入・運営しています。しかし、JOCのトレーニングセンターですから次元が違います。日本の国際トレーニングセンターには何年にもわたる歴史があり、いろんなカテゴリーのスポーツを分析・改善・向上させてきたプロの技術スタッフがいます。メジャースポーツを育成してきた施設を利用できることは、波乗りジャパン選手団の技術力上昇を加速させ、ゴール到達へのショートカットを実現してくれるでしょう。

 

新興国の参加も増えてきています。ピーター・タウンネンド*(PT)が中国のナショナルコーチとして活動していますが、同じハンティントン・ビーチ在住のウェイドさんは、PTのコーチング内容を知っていますか?

よく知りません(笑)。PT自身についてはよく知っています。私の父親がPT世代で、よく試合で戦っていました。子供の頃はいつもツアーに連れ回されたものです。

ハンティントンで教えていることは確か。ただ、細かい戦略までは、まったく知りません。

左から4人目がPTことピーター・タウンネンド氏。アメリカでは中国コーチを務めるレジェンドについて話題になった。Photo: ISA / Sean Evans

中国選手団とは昨年、波乗りジャパンに同行したビアリッツのISA世界戦で会いました。PTもいましたね。現状、アスリートたちのレベルはまだ開発初期のステージ。PTにとっても課題は山積みでしょう。しかし、ご存知のようにPTのコーチとしての実力は世界でも指折りです。彼の経験値を投じれば、中国の実力はどんどん加速していきますよ。2020年までに腕を上げてくるだろうし、2028年のLAオリンピックには大きく変わっているかも知れません。

去年はカリフォルニアに来て、ハンティントン高校のサーフチームともレッスンしていました。1年生たちとトレーニングをしたり、サーフボードを買ったり。おそらく1ヶ月ほどいたと思います。PTはハンティントンで顔が広いですから、いい橋渡しをしているはずです。

*ピーター・タウンネンド:IN THE PINKの愛称で知られる1976年のワールドチャンプ。同郷でWSLの前身ASPのディレクターを務めた豪出身のイアン・カーンズとともに、レーティングおよびスコアリングシステムを考案・導入した。後にカリフォルニア・ハンティントンへカーンズと渡り、〈Sports and Media社〉を創業。オーストラリア式コーチングでトム・カレンやUSAナショナルチーム、NSSAサーファーを育てた。ESPNやプライムネットワークでのサーフィン番組解説のほか、ASPやサーフライダー・ファウンデーションのアドバイザー、SIMA(サーフ産業製造者協会)代表、『サーフィンマガジン』、『ボディボディング』などの発行人も歴任している。

 

 【強み】インテリジェンスのある国民性

英語力の必要性についてどうお考えですか?

世界の試合会場ではほとんどのファクトが英語でアナウンスされます。ヒート中にポイントがコールされ、競技中のサーファーは誰に対してあと何点足りない、逆転には何点必要といったことを理解できなければ、当然ながら不利になります。少なくとも数字や得点にまつわるワードは習得することが必要。あとは、転戦していくうちに自然と語学力は上がっていきます。

英語インタビューは世界中のファンとの距離を縮めるコミュニケーションの場。そして、プロアスリートとしての大事な自己プレゼンの場でもある。大原洋人。Photo: WSL / Jackson Van Kirk

私がジャッジしていた頃、あらゆる世代のブラジリアンに接していました。キッズたちは当然ポルトガル語しか話せませんが、好奇心が後押しして、どんどん話せるようになっていきました。勝利後のビーチインタビューも、当時は誰も英語はNG。が、10年後のいまは話せるようになってきています。日本はその文化からインテリジェンスのある国民性であることは明らかですし、成功への気持ちが強いことも確か。将来的にはブラジルのように、選手たちが英語を話せるようになっていくでしょう。サーフィンは国際的なスポーツ。オフィスにスタックしているばかりでなく、とにかく世界を旅してまわり、経験して知識を付けていくことがいちばんの近道。世界を見て、価値を認識し、他の文化や言葉を学ぶ。サーフィンはいろんな成長機会を備えています。

 

日本のサーファーにメッセージをお願いします。

プロサーファーとして15年、プロのジャッジとして10年、サーフコーチとして20年。20〜30年ものあいだで30カ国以上を転戦し、コンペティションサーフィンとともに成長する人生を送ってきました。その私が見ても、波乗りジャパンのパフォーマンスレベルは極めて高い。間違いなく国際基準です。今後さらに他の国での出場経験を重ねて、アップデートしていくしか道はありません。ポジティブに、自信を持って。

 

【プロフィール】

ウェイド・シャープ●1972年12月21日生まれ。南アフリカ・ダーバン出身、アメリカ・カリフォルニア在住。12歳のときにサーフィンコンテストに目覚め、18歳の高校卒業までにナタル州チャンピオンを含む9つのアマチュアタイトルを獲得。17歳だった1989年にはASPのケープタウン戦およびJベイ戦で5位をマーク。高校卒業後はASPツアーに参戦。1996年にはIOCに初めて公式認定されたISA世界選手権の南ア代表メンバーに選ばれている。コーチ歴は1995年の南ア・ジュニアチームに始まり、同国サーフアカデミーでの戦略プログラムを構築や、コスタリカのナショナルチームなど、組織団体コーチのほか、CTサーファーの個人コーチも務める。ジャッジ歴はASPの規定任期8年を超える10年に上るという。