ズィークの追い込み戦略。
Text: Junji Uchida
ミック・ファニングが準優勝で引退の花道を飾ったCTツアー第2戦リップカールプロ・ベルズビーチ。ラウンド3のジョンジョン・フローレンスvsズィークことイズキール・ラウのハワイアン対決は、あまり見ない珍事だった。ジョンジョンはゴリゴリ詰め寄るズィークの心理的奇襲作戦にやられてしまった。そのストーリーを振り返ってみたい。
ヒート開始直後、ズィークは獲物を狙うサメのごとくゆっくりとジョンジョンに近づいていく。その後、すぐ隣にピッタリとマーク。パドルする手と手がぶつかりそうな至近距離を保ちながら、セットを追いかけてはスルーすることを繰り返した。ズィークは “隙を与えてなるものか” とジョンジョンからわずか数10センチ奥のところにポジショニング。どちらかと言うとデーン・レイノルズのような、サーフィンでの真っ向勝負を好むであろうジョンジョンは、相当やりにくそうだ。やがて来たセットの波を追いかけ合うも、ズィークに譲る格好に。ズィークはファーストターンをメイクすると、カービングターンを重ねてインサイドまでつなぎ、最後のセクションで特大のレイバック。7.00ポイントのミディアムスコアを叩き出した。
それを見たコメンテーターのポッツことマーティン・ポッターは「こういうの、大好き♡」と嬉しそうに声を荒げた。
I LOVE IT!!
オールドスクールの方であればご存知だろう。1989年の世界チャンピオンのポッツは、ヒートのさなかに対戦相手でチャンバラ合戦を交えた武勇伝の持ち主。
まだ日本でワールドツアーが行われていた1991年の丸井プロで、互いにライバル視していたガーことブラッド・ガーラックと、リーシュを引っ張っただ何だかんだで熱くなり、ノーズでボトムを突っついて穴を開け合った元やんちゃ親分。
1992年の宮崎プロでは、ケリー・スレーターとのファイナルでエアー合戦を繰り広げて勝利した。その決勝前日の晩、ポッツはジャックダニエルをボトルで空けていたことを付け加えておきたい。
少しはプレッシャーを与えることができたかな。
チャンピオンになったジョンジョンが快適なときに、
どんなサーフィンをするのか知っているから。
そのための戦略だったのさ。
—イズキール・ラウ
話を戻そう。1本目を乗り終えたズィークは優先権がないにもかかわらず、再びサメのようにゆっくりとジョンジョンに近づいていく。またしてもすぐ脇で波待ち状態に入り、乗れるセットが来ているにもかかわらず、2人とも乗らずに何本もスルー。仕舞いにはジョンジョンのまわりを、まるでプライオリティ・ブイを回るかのごとく1周する揺さぶり作戦まで展開。ジョンジョンは気を紛らわそうと水で顔を洗いながら、残り14分を切ったところでやっと1本目をキャッチ。ファーストターンで“勘弁してくれ!”とストレスを発散させるように激しくレイバック・ブロウテール。が、失敗に終わり0.87ポイント。
パドルバックしてインサイド寄りで波を待つジョンジョンをよそに、ズィークは2本目をつかんで広いキャンバスをフル活用。最後のアプローチが失敗したにもかかわらず、それまでのパワフルなオフザトップの連打が効いて6.07ポイントをマークした。
逆転に必要なポイントが10点を超えるコンボ状況からなんとか脱出したいジョンジョンは、ズィークの執拗な攻めに耐えつつ、残り4分半を切ったところでやっと2本目をテイクオフ。レイバック気味のカービングターン交えるライド構成の締めでローテーションに挑むも、インコンプリート。が、3.83が付いてその差が9.24ポイントになりコンボから脱出。残り1分半、優先権は相手のズィーク。そんな圧倒的不利なところにセットが入り、うまく奥に回り込んでズィークのテイクオフを誘い、自らはその次の波にテイクオフ。コーチのロス・ウィリアムスが残念な顔を浮かべるなか、腐ることなくファーストターンで大きなブロウテール・リバースを決めると、美しすぎるラウンドハウス・カットバックを4発重ねてインサイドに到達。クローズアウトセクションでフロントサイド・リバースを賭けて逆転を狙うも着地に失敗。ゲームセットとなった。
ぼくを超えてパドルしてきたときには笑っちゃったよ。
純粋にサーフィンを楽しむという
根幹の部分からすると少しダサい気がする。
けれど、競技の世界。今回からの学びもあるよ。
—ジョンジョン・フローレンス
ズィークにとってジョンジョンは、NSSAミニグロムの頃から戦ってきた1つ年上の先輩。その才能を誰よりも知っているからこそ、このような型破りの奇襲に打って出たわけだ。
下記のインスタは@FIRSTPRIORITYTHEBOOKにシェアされている2003年のNSSAナショナル選手権の表彰式。ちなみに、このときジョンジョンは11歳、ズィークは10歳だ。
2003 NSSA NATIONAL CHAMPIONSHIPS
2位:アンドリュー・ドヘニー(カリフォルニア州ニューポート・ビーチ)
3位:カリッサ・ムーア(ハワイ州ホノルル)
4位:エバン・ガイセルマン(フロリダ州ニュー・スミルナー・ビーチ)
5位:コロへ・アンディーノ(カリフォルニア州サン・クレメンテ)
6位:イズキール・ラウ(ハワイ州ホノルル)
「ジョンジョンのリアクションは自然なことだよ」とポッツ。「ジョンジョンはサーフィンで勝負したかったんだろうけど、ズィークには計画があった。ジョンジョンにとって目を覚ますきっかけになるんじゃないかな。これからさらに危険な存在になるよ。選手たちはすべてのことをヒートを通じて気づき、その後どうしていくべきかを学ぶ。前とどう変えればいいかをね」
サーフィン道を貫く、圧倒的勝利に期待。
昨年のパイプマスターズでは、ハワイ中が一丸となってジョンジョンのことを応援していた。そんな、老若男女問わず誰からも愛される同郷の世界チャンプに対し、掟破りと批判されかねない戦法は予想通り揶揄が飛んだ。
WSLのジョンジョン敗退のニュース記事のコメント欄は、「オリンピックに決まったというのに、スポーツマンシップのかけらもない」、「同じことをJGB(ジョニー・ボーイ・ゴメス。元やんちゃ系ハワイアン・ツアラー)にできるのか」、「そんなダサいやり方は90年代に終わったと思ってた」などの非難にあふれている。
ズィークのインスタはファンが多い分、好意的な投稿も多い。が、なかには辛辣なコメントもある。それに対して兄妹のジョーダンが「ホームでトレーニングしているプレイング・オフェンスよ。スポーツをしたことないみたいね」と養護。ちなみに動画のなかでズィークに発破をかけ、ボードを持って先導しているのが彼のコーチ。ステファニー・ギルモアやカノア五十嵐、グリフィン・コラピントらも指導する戦略家、ジェイク“SNAKE”パターソンだ。
今回のズィークのやり方に、世論のなかには、2014年のタヒチ戦でガブリエル・メディナがコロへ・アンディーノに講じた奇策を彷彿させたからか、“イズキール・メディナ”と皮肉る声もある。ただ、スポーツ強国ブラジルがいまやCT最大の勢力だ。サーフィンがメジャー化する流れに乗じて母国のスポーツストラテジストが介入し、プロサーフィンの文脈など無視した戦略を講じてくる可能性もある。ブラジリアンはCTからの脱落を阻止しようと必死であり、サーフィンの世界で成功しようとハングリーだ。
WSLのルールブック第12章171条項にもアンスポーツマンライク・コンダクトについての規定があるが、ズィークにインターフェアを課さなかった。つまり、禁じ手ではないことになる。
が、格下ならともかく、格上のジョンジョンには品格のあるサーフィン道を貫き、圧倒的勝利で感動させてもらいたい。今回の一件で学びもあると話しているが、次のマーガレットリバー戦でズィークに仕返しだとばかりに追い込みを掛ける姿は、ファンは誰一人望んでいないはずだ。
*当該ヒートだけなら30分ちょいなので、全編通して視聴することを推奨しますが、時短を求める方は下記キモ一覧を参考のうえお楽しみください。
◉激しい波取り合戦の末に頭を降るジョンジョン(11:27あたりから)
◉競り合いから逃れるように波を譲るジョンジョン(12:30あたりから)
◉ジョンジョンをブイのごとく回るズィーク(19:50あたりから)
◉集中しようと水で顔を洗うジョンジョン(20:30あたりから)
◉ブイのごとく回るズィークのドローン・リプレイ(20:50あたりから)
◉ズィークを見守る戦略家、ジェイク“SNAKE”パターソン(21:17あたりから)
◉ジョンジョンの1本目の激しいレイバック・ブロウテール(22:05あたりから)
◉ズィークの2本目:6.07ポイント(23:25あたりから)
◉ジョンジョンの2本目。(31:35あたりから)
◉残念な顔でジョンジョンを見守るロス・ウイリアムズ。(34:10あたりから)
◉ズィークに波を乗せてからのジョンジョンのラストライド。(34:25あたりから)